2000年5月
ゴキブリ

2000年8月
ペンギンの夜

2000年9月
阿鈴失踪

日付不詳
ランタオ島みやげ

2001年2月
ジョナサン

2001年11月
ミラノの旅立ち

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2002年2月

2002年1月
一晩だけの
トイ・ストア




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2002年2月 蝶

このところ、ずっと具合が悪い。常に胃が少し痛むので、お客さんとも一緒に飲まない。
そういえば、誰かの様子がおかしいと、「胃に蝶がいるんだよ」とよく言うけど、変な言いまわしだと思わない?

蝶・・・蝶というと香港で撮影されたジェニファー・ジョーンズの有名な映画「慕情」を思い出す。J・ジョーンズ演じる女性医師が恋人の肩にとまっている蝶を見つけて「いい兆しだわ」と言うの。でも実はそうじゃなかった。恋人は結局、朝鮮戦争で死ぬんだもの。

何故だろう、私の胃にいる蝶は、何か不吉なことを私に伝えようとしている気がする。旅に出るのか、単に移動するのか、それとも死んだりするのかはわからないけど、とにかく自分がじきにここから去っていく気がしてならない。
阿鈴が胃痛に効く漢方薬をくれた。でも効かないことはわかってる。痛みは精神的なものだから。

最近、毎朝、空を見上げて、初めてこの街に来た時のことを思い出す。
記憶はとても鮮明で、まるでつい1週間前のことみたい。そしてその記憶は私に新しい生活への昂揚感を蘇らせる。

私の胃に住む蝶が全ていなくなった時、私はもうここにはいない。遅かれ早かれそうなると、私は今、確信している。


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2002年1月 一晩だけのトイ・ストア

前の夫の阿恵が破産した。彼は中国製のプラスティックのおもちゃを扱う小さな貿易会社をやっていた。香港でのプラスティック製おもちゃの輸出のピークはほぼ30年も前のこと。彼だってもちろんそんなこと分かっていたけど、安っぽいおもちゃに対するある種の強い郷愁をどうしても捨てられなかったのだ。

彼は未だに子供時代のおもちゃを古い黄色のプラスティック製ランチボックスに入れて保管している。そのほとんどが部分的に欠けたり色褪せたりしているのだが、彼には捨てるなんて思いもよらないようだ。まだ私達に愛があった頃、彼はひとつひとつのおもちゃにまつわる思い出をよく話してくれた。
その中のひとつ、笑っている小さな赤いクマの人形は、彼にいつもおばあちゃんのことを思い出させる。
おばあちゃんはそのクマを買ってあげるかわりに、彼に歯医者に行く約束をさせたのだ。当時、そのクマのマンガが毎朝テレビで放送され、子供たちにとても人気があった。
彼の妹は、彼がクマの人形を持っているのを見ると、ひどいやきもちを焼いて、人形をおもいっきり壁に投げつけた。運良く、クマは右耳の負傷だけで済み、今も例のランチボックスの真中に静かに座っている。

昨日、阿恵が箱一杯、売り切れなかったおもちゃをくれた。私はプラスティックのおもちゃに特別な想い入れがないので、ミラノのために幾つか適当に拾うと、残りを全部、阿鈴にやった。彼女は小さな人形達をバーカウンターに沿って一列に並べた。それを見て初めて私達は気がついたのだ。50体か60体はある、その人形たちがすべて違う種類だということに。面白い光景だった。不思議なことに、人形達は皆、生きて魂を持っているように見えた。阿鈴は自分の真新しいデジタルカメラでその写真を撮った。

一日の終わりには、人形は店から全部無くなっていた。何故か、その日ここに来たどのお客さんも、人形を家にひとつ持って帰りたがったのだ。私はあるお客さんにきいてみた。
「お子さんに?」
「まさか!」笑いながら彼は言った。
「会社の自分のデスクの上に置くんです。誰か話し相手が欲しいんですよ、絶対に僕に口答えしない相手がね!」
なるほど!どうやら阿恵は大きなビジネスチャンスを逃したようだ。

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2001年11月 ミラノの旅立ち


娘のミラノが今月8歳になった。お誕生日おめでとう、ベイビー!
「お母さん、どうして私はここにいるの?」誕生日当日、私からのプレゼントを開けながらミラノは言った。
3歳の時、私とあの子の父親である阿恵が別れて以来、ミラノは父親の家族と一緒に暮らしてきた。そんなわけであの子は今や完璧な広東語とまあまあの英語を話す。
「自分が誰なのかわからないの。中国人だと思うと、そうじゃないって皆が言う。外国人だと思うと、おまえはここの人間だって言われる」。

実際、あの子の容姿は複雑な印象を与える。とても白い肌は白人の血を引いていることを示しているけど、漆黒の髪と暗い色合いの目はアジア人の先祖を持っている確かな証拠だ。あの子は独特だけど、それなりにとても美しいと私は思う。ただ、その美しさがどの人種にもあてはまらないだけなのだ。
人はわかりやすいものを好みがちだ。それが悪いとは言わない。でも、よく磨かれたダイヤが沢山の異なった切り口で光を反射するように、私はむしろ複雑なものを選びたい。
ミラノと同じ質問を私もかつて自分のママにしたことがある。ママは言った。「そんなこと、お前が気にすることじゃないの、以上!」それを聞いて私は怒り狂った。でも今は何故ママがああ言ったのかがわかる。自分もそんな歳になったってことなのね。
ミラノは成長している。毎日毎日、私からどんどん離れていく。とても難しいことだけど、私はそれをうれしいと思わないといけないんだわ。


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2001年2月 ジョナサン

ジョナサンはイギリス人で、香港がまだ英国領だった頃、政府の仕事でやって来て以来ここに住みついている。
ジョナサンは広東語が嫌いだ。いつも怒って怒鳴っているように聞こえるからだという。彼はがんとして広東語を覚えようとしない。実際、ちょっとは何を言っているのかわかっているのだが、全然わからないふりをしている。では、何故自分の国に帰らないのだろう?
「ある種の人達は自分の母国から絶対出ないほうがいい。一度離れたら、二度と帰れなくなるからだ。そういう人たちっているんだよ」。彼もそのひとりに違いない。
この街にしては珍しく、今朝は気温が摂氏5度まで落ちた。とても寒い曇った朝だった。「ちょっと故郷のことを思い出した」とジョナサンは言った。


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2000年9月 阿鈴失踪

阿鈴はやせっぽちで背が高い。ここのバーメイドになって3年になる。流暢な北京語、英語、そしてもちろん母国語である広東語を話す。自分の顔のそばかすを嫌がっているけど、お客さんのほとんどがそこをかわいいと思っている。そばかすのせいで彼女は幼く、ある意味、愛らしく見える。
ある日、阿鈴が初めて無断で店を休んだ。私は1週間、彼女を待つつもりでいた。4日目に台風がきて、シグナル8が出た。心配になって阿鈴の部屋に電話した。誰もでなかった。
7日目の午後、何事もなかったように阿鈴はやってきた。あの7日間、阿鈴になにがあったのか、私はいまだに知らない。

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2000年8月 ペンギンの夜

生粋の香港っ子でない住人は毎年、夏の厳しい気候に苦しんでいます。
会社に強制されてここにやってきた皆さんは気の毒です。でも自分の意思でここに住んでる人たちはマゾに違いないと私は思います。
私と阿鈴は既に香港の夏にうんざりしている人々をなぐさめるプランについてずっと考えていました。
阿鈴はにせもののエスキモーの氷の家や氷山を置いて、バーカウンターを南極風に飾り付けましたが、「何か足りない」とぶつぶつ。「ペンギンよ!」と私。
そうなんです、私達は本当に人々がやすらげるようにしたかったんです、苦しめるつもりじゃなくて。でも結局、オリジナルイベントは店にくる紳士たちに悪夢をもたらしました。悪名高き「ペンギンの夜:タキシード姿の紳士はよく冷えたビールをグラス一杯無料!」はこうやって生まれたのです。何人かのお客さまはサシェ(腹巻みたいなやつ)まで着用していました!

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2000年5月 ゴキブリ

「ゴキブリが!」
ランチタイム中、歩道に置いたテーブルの下をゴキブリが這いまわっている、とお客さんの一人が苦情を言ってきた。彼女はとってもヒステリックになっていた。
「今すぐ保健所に電話して!」
うちのキッチンをゴキブリが歩き回っているなら問題だけど、彼女のテーブルは歩道にあったのです。ゴキブリにだって好きなところに移動する自由はあります。全く、この街に来てどれくらいになるんだろう。ここは香港です!少なくとも、食事のお皿にゴキブリを見つけなかっただけ彼女はラッキーだった。遅かれ早かれ、よその店でそんな経験もするようになるでしょうがね。

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日付不詳 ランタオ島みやげ

今日、ミラノを連れてランタオ島に行った。
寶蓮禅寺で精進料理のお昼を食べた。
ミラノは巨大な仏像を見て、いたく感じ入っていた。
子供が何を気に入るかは、本当に予測がつかない。おみやげに仏像のミニチュアを買ってやった。

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